ロイさんと出会ってから、一ヶ月が経とうとしていた。
ロイさんの仕事は、本当にいろいろだった。
いなくなったペットを探してほしい、夫の浮気調査、村を荒らすモンスターの退治……基本的にロイさんは、仕事を選ばないみたいだった。
ただ、誰かを殺してほしい、という依頼は、受けなかった。
もしかしたら、ぼくらがいるせいでやりにくいのかもしれない。
そう思って聞いてみたら、元々殺しは嫌いなんだ、と肩をすくめた。
それから、ロイさんは、とにかく口数が少なかった。
話しかければ答えてくれるし、だいたいのことはジェスチャーでわかったけれど、ナジカも話せないから、三人でいるときはほとんど僕がしゃべっていた。
でも、今までで一番楽しい時間だった。
ナジカも、ロイさんにすごくなついた。
今まで、ぼく以外にこんなに心を開いたことがなかったから、少し寂しいけれど、ぼくとロイさんの間で眠るナジカの顔は幸せそうで、ぼくはとても嬉しかった。
ぼくらは、思ったよりもロイさんのお仕事に役立っているみたいだった。
ぼくは、主に雇い主さんと話す役目だった。
ロイさんは、口数が少ないだけじゃなく、交渉も苦手みたいで、あまりに低い報酬でも引き受けようとしたから、見かねたぼくが交渉を請け負うことにした。
おじさんに売られそうになったのは、もちろん嫌な記憶だけれど、商人だったおじさんの店でお客さんと値段の交渉をしていたことは、とても役に立った。
ナジカは、ぼくら人間にはできないことで、ロイさんのお仕事を手伝っていた。
例えば、探し物の依頼をされたときなんか、木々や野生の動物に目的のものがある場所を教えてもらって、そこへぼくらを連れて行ったりした。
ナジカは、エルフだからか、植物や動物たちの考えていることがわかるみたいだった。
売られそうになって暗い森を逃げているときも、転んでも怪我せず逃げ切れたのは、ナジカが風に走るべき道を示してもらっていたからだった。
今回の依頼も、ナジカはとても力になってた。
依頼は、町の近くに巣を作った鳥をなんとかしてほしいというもの。
ナジカは時に風に耳を傾け、時にうさぎやねずみと無音の会話をして、ぼくらをその鳥の巣へ導いた。
「……鳥?」
そこで待っていたのは、鳥とは思えない大きさの生き物だったのだけれども。
「ロイさん、あれ、何でしょう……」
「鳥だな」
顔色一つ変えず、あっさりロイさんは言い放った。
「突然変異だ……正確には、突然変異させられたんだ」
「どういうことですか?」
「近年、質の悪い魔術を使う連中が出てきている。そいつらの実験台になっていたのが、放されたんだろう」
魔術。
存在は知っていたけれど、ぼくとはずっと縁のないものだと思っていた。
でも、この巨大な鳥を見ても、落ち着いていられるロイさんのそばにいることで、ぼくはこれからいったいどんなものを見ることになるんだろう、と、少し怖くなった。
それが、ナジカに伝わったのかもしれない。
ナジカが、ぼくの手を握ってきた。
見ると、ナジカはぼくに、大丈夫だよって言うように、微笑んでいた。
そうだった。
ぼくは、ナジカを守れるようにならなくちゃいけない。
このくらいで怖がってたら、ナジカを守ることなんかできっこない。
それに、ナジカに慰められるなんて……
しっかりしなきゃ。
「さがっていろ。森の奥の方へ、追い払う」
ロイさんは、今度も、殺したりはしないらしい。
ロイさんの剣が鞘から抜かれたところを、まだ見たことがなかった。
いったい、どんな剣なんだろう。
ロイさんが、鳥に向かって駆け出した。
鳥は警戒して、翼を羽ばたかせ始めた。
翼が生み出す風は、ものすごい強さでぼくらを吹き飛ばそうとする。
ぼくはナジカを抱きしめて、近くの木に必死にしがみついた。
ロイさんも、風が強すぎてなかなか進めない。
そのとき、鳥が声高く鳴いた。
その声は耳を思わず塞ぎたくなるような音で、耳がギンギンと痛む。
思わず顔をしかめたとき、どこからともなく、空を覆い尽くすほどのたくさんの小さな鳥が、ぼくらの上空に集まってきた。
鳥たちは大きな固まりになると、ロイさんめがけ急降下し、ロイさんのありとあらゆる所をつつき始めた。
「ロイさんっ……」
ぼくは、ロイさんに駆け寄ろうと、ナジカを抱きしめてた手を放した。
するとナジカは、ぼくよりも早く、ロイさんのところへ駆け出した。
「ナジカ、危ない!」
ナジカが、鳥たちとロイさんの間に割り込む。
鳥たちの動きが、止まった。
ふわっと、鳥たちの波が離れた。
ぼくが駆け寄ると、ナジカは、ロイさんを覆うようにしてそこにいた。
ロイさんの体には、あちこちに細かな傷があった。
鳥についばまれた痕だった。
ナジカが、鳥たちをふっと見つめた。
ぼくがロイさんをなんとか木の陰に運んで、もっとひどいところはないかと探している間、鳥たちもナジカも、そのまま何分も止まっていた。
「……いたい」
ロイさんは、思ったよりも大丈夫そうだった。
これだけいろんなとこから血が出ているのに、いたい、で済むんだから……
「ナジカ!」
しまった、ナジカをおいてきてしまった!
駆け出そうとしたぼくは、そんな心配がいらなかったことに気づいた。
ナジカの肩や腕には、たくさんの色とりどりの鳥が留まり、地面や木々にもたくさんの鳥が留まって、ナジカが楽しそうにくるくる回るのにあわせてさえずったり、飛んだりしていた。
「……すごい」
あれだけ警戒していた鳥たちが、ナジカと仲良くしているのにも驚いたけれど、カラフルできれいな鳥に囲まれたナジカも、霞むことなく、とてもきれいで、ぼくは見とれてしまった。
ロイさんも一言も発さずに、ナジカを見ている。
そのとき、あの巨大な鳥が、ふわっとナジカの前に降り立った。
ぼくは駆け寄って、ナジカを守ろうと、間に立った。
ナジカはぼくの服をちょんと引っ張って、微笑んだ。
ナジカがすっと前に出ると、鳥は頭を下げて、ナジカの前に伏せた。
ナジカは小さな手を伸ばして、鳥の頭をなでた。
鳥が、不思議な光を放ち始めーー
光がやんだとき、ナジカの手には、尾のながく、背と翼は深い青、お腹は明るいオレンジの、美しい鳥がとまっていた。
鳥はピィとなくと、ナジカの頭に留まったり、肩に留まったり、飛び回ったりして、ナジカはくすぐったそうに笑った。
「……この子は、そういう”チカラ”があるんだろう」
ロイさんが近寄ってきて、言った。
「エルフだからかどうかは知らないが、この子は、自然に愛されているんだな」
ナジカは、相変わらず鳥たちと無邪気に戯れている。
ナジカには、ぼくたちが真似できないような、すごい力を持っているんだ。
「ぼくは……ナジカを守れるんでしょうか。ナジカに守ってもらってるのは、ぼくの方だ」
ロイさんは、ぼくを見て、眉をひそめると、頭をわしゃわしゃとかいた。
ぼくの前にかがんで、ぼくの顔をじっと見て、言った。
「ナジカとお前は、売られそうになって逃げてきたんだろう。
もしナジカが自分を守れるような力を持っていたなら、あんなに必死に逃げたりしなかったろう。
あの子の力は、普通じゃない。だからこそ、守ってやれるやつが、必要なんだ。
強くなって、守ってやれ。お前はお兄ちゃんなんだろ」
胸が、ぎゅっと締め付けられた。
鼻がつんとして、目があつくなって。
ぼくは、泣いていた。
思えば、両親に拾われてから今まで、泣いたことなんかなかった。
ずっと気を張っていたんだ。
捨てられないように。両親の役に立てるように。
ナジカ以外に微笑みかけてもらったこともなかったし、こうやって面と向かって、何かを諭してくれる人もいなかった。
ようやく、安心できたーー
泣いているぼくを見て、ナジカが駆け寄ってきて、心配そうにぼくの顔を覗き込んだ。
「大丈夫。大丈夫だから……」
笑って、ナジカの頭をなでる。
ナジカは眉を八の字にしてぼくを見つめていたけれど、なでられると嬉しそうに笑って、またくるくると回りだした。
「ロイさん……」
ぼくは、まっすぐロイさんを見つめた。
ロイさんは、心なしか、微笑んでいた。
「ぼくを、強くしてください。お願いします」
そう言って、頭を下げた。
「……ああ。もちろんだ」
ロイさんは答えると、ぼくの頭を目一杯なでてくれた。
ぼくはそれがくすぐったくて、おもわず、大きな声で笑った。
こんなに笑ったの、生まれて初めてだった。
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プロフィール
HN:
まめがら茶
性別:
女性
自己紹介:
色んな世界の物語を書いています。
大体は異世界・現代ファンタジー。
好きな小説は、
上橋菜穂子さんの『狐笛のかなた』、
荻原規子さんの『白鳥異伝』、
香月日輪さんの、大江戸妖怪かわら版シリーズ。
和を感じられるお話が好きです。
それから、アレックス・シアラーさんの『チョコレート・アンダーグラウンド』も、何度か読み返しました。
佐竹美穂さんの挿絵が小さい頃から好きだったのですが、
小学一年生の時に上橋さんの『虚空の旅人』と一緒に
分厚い上中下巻の『封神演義』を読んだのは無謀だったかな……
絵は、一番好きなのはアルフォンス・ミュシャ、特に『黄道十二宮』です。
大体は異世界・現代ファンタジー。
好きな小説は、
上橋菜穂子さんの『狐笛のかなた』、
荻原規子さんの『白鳥異伝』、
香月日輪さんの、大江戸妖怪かわら版シリーズ。
和を感じられるお話が好きです。
それから、アレックス・シアラーさんの『チョコレート・アンダーグラウンド』も、何度か読み返しました。
佐竹美穂さんの挿絵が小さい頃から好きだったのですが、
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